イケテルってcoolだ。

世の中に溢れるデザインやサービス。

自分がなんで使っているか、人生の残り時間で関わり続けているか、を考えると

やっぱりイケテルからに尽きる。

 

イケテルにも色々ある。

デザインの色使い、センスがイケテル

コンテクストがイケテル

ビジョンや描く未来がイケテル

 

未来を拡張させてくれたり、期待を持たせてくれるものに

人は自然と惹かれるものだ。

確固たるメッセージを伝える先導者をリーダーに据えるのも

同じ原理になるだろう。

 

無意識の中で、好き嫌いを分ける。

時間とお金を投資するか検討する。

この一瞬の判断基準に間違いなく「イケテル」が入り始めている。

 

何かに迷い、次の一歩を踏み出せない時こそ

イケてる選択って何か?

軸になる部分になるだろう。

 

 

・・・そんなことを本屋で思った。

こんなに溢れる本がある中で、誰がこの本を買うのだろうかと。

本はそもそも情報の伝達・共有手段として取れる一つのツールに過ぎないが

中身よりもまず、外見で判断してしまう。

外見が全てだと、一瞬にして判断してしまう。必要か、必要じゃないかとも。

人が誰しも持っているセンスに訴えること、感覚や感性に正直に生きること。

 

イケてる人生って素晴らしい。

無意識の内に、コントロールされている。

基本的に先々の予定は空いている。余裕はある。

予定とは、あくまで仮にすぎない。強制力もあれば、ないものもある。

自分の意思に従い、選ぶことが最終的にできる。

そう、すべては自由になる。

 

ただ唯一、行かなければならない等マストとして捉えることがあり

それは、人が絡んでくること。

特に大切だと思える人だと、自分もその人との時間を大切にしたいから。

人生において大切だと思えることに時間を使うこと。

これが幸福の秘訣になる。

 

誰かからのお願いや、依頼は全て時間を要する。

時間を指定されることもあれば、自分から選ぶこともできる。

前者であることが、圧倒的に楽だ。思考することがないから。

同時に選ぶ権利を放棄していることに気づく。機会費用とは

まさにこのことになる。

 

何を得て、裏では何を捨てているか。

意識を向けることと、自分がその時間で何を見出すことができるのか。

自分自身を導くことでしか、成功はない。

全ては自分自身をコントロールすることにある。

コントロールされてはいけない。

コントロールしてもいけない。相手への配慮を忘れないようにしよう。

頑張れない理由とは

物事を行う上での判断軸にモチベーションがある。

要は、自分が頑張ったかどうか、姿勢の話。

 

結果を左右する姿勢。または向き合い方。

結果に対する捉え方も換わってきてしまう要素になる。

 

頑張れない、とはどういうことなのか。

本気でいられないとはどういうことなのだろうか。

 

行為と思考が一致していないということ。

今の行動はなぜやっているのだろうか。

意味のないという認識が意欲の低下にダイレクトに直結している。

 

今、頑張っている人はどれくらいいるのだろうか。

頑張るとはどういうことなのだろうか。

頑張る必要性はあるのだろうか。

頑張れっていう言葉は無責任ではないか。

 

日本は頑張ること、努力することが美徳とされる。

頑張るから幸せになれる、その姿が人を感動させると。

良い循環を創出し、エンゲージメントを作っていくと。

 

頑張れない理由って、頑張ることを強要されることに対する辟易かも。

外部からの刺激が強すぎる。天邪鬼、求められたら返したくなくなる。

誰しもが、頑張ることで目標が達成される。

 

 

頑張ることが当たり前の社会。

頑張るという概念がなくなり、ただ求める行為を推奨する世界。

アクションを起こすことが何よりも正しい。

行動を起こした事実=頑張ったになる社会の方が生きやすい、健全な世界だろう。

「人を変えることはできない」とは

自分の思い通り、また理想の通りにいかないことの方が圧倒的に多い。

特に人間関係。

人生とは山あり谷あり、ではなく「谷あり谷あり」である。

 

自分の思いを理解してほしい、

自分にとって気づきを与えてくれる存在がほしい

仲間と一緒に切磋琢磨したい

 

等々

 

人との関わりの中での学びや、気づきが得られ成長したと思える自分にとって

大きな理想を描いている項目になっている。

自分が変わる、最初のきっかけは内部の動機付けというよりは

外部からの刺激によるものが多い。

 

結果的に、刺激を求めている。

できない自分に気づくこと、悔しいという感情。

理想に気づき、どのように在りたいかという自分と向き合う時間。

 

その全てを一度経験している以上は

これらを全て求める環境に身を置きたい。求めている。

これを実現するには、自分が変わるしかない。

 

何を得て、何を手放すか。

ここに対する恐怖は感じるべきではないだろう。

捉え方も変える。

 

すべては自分次第ということか。

仕事とは、時間の奪い合いである。

誰もが平等に持っているといわれる時間。

 

時間を切り盛りし社会に貢献することが、仕事。

1日の大半を使う仕事とは、まさに時間を奪い合いである。

 

担当や責任という名の下、

タスクを与えられ、達成することがモチベーションにもなる。

それがやりやすいという人もいれば、決められた枠組みの中でしか行動できないことに

フラストレーションを感じる人もいる。

 

誰かがやらなければならないことを

タスクという名義で押し付け、意味を持たせている点は

伝え方、という点で秀逸である、

タスクを押し付けた側の時間を同時に捻出しているからだ。

 

ただ、全ての人の願望には

変えがたいやりたいこと、というものが明確に存在し、

日々タスクの消化の中で忘却したり、自分の中で折り合いをつけたりしている。

 

24時間における1日の割合が仕事ということになると、

残された時間はあとわずかしかない。

ここに意識を傾けることができているか。

また、現状に疑問をもち解決しようという意識があるかどうか。

 

時間とは、平等であるが故にとても軽く捉えられ

ないがしろにされる項目である。

仕事における時間の濃度を濃くする、または削減することで

自分の時間、と思えるものを創造していきたい。

 

即行動の意味

「思いついたら即行動しよう!」

成功への近道や、条件として語られるこの言葉を

どれほどの人が実行できているのだろうか。

 

ちなみに私はまったくできていない。

考えて、イメージが明確になって始めて行動に落とし込めている。

なぜなら創造できる、ということが成功の98%を占める、と

聞いたことがあり、共感しているから。

 

一言でいうと何をすべきか明確で、後はやるだけの状況を自ら作っていくことになる。

行動が結果を作るので、行動を具体的にしていく作業を重要視しているということになる。

暗闇の中は走れない。いや、むしろ恐怖を感じている。

 

では、何故この言葉が世の中の真理をついているのだろう。

やはり、全ての人は自分の感情や当時の記憶を忘れてしまう。

ただ、そこに尽きる。

記憶から、ひいては思考が結果を作る。

未来を作る作業を各々が行っているということだ。

 

すべてはアクションからしか生まれない。

現状維持は、やはり衰退を意味しているのだろう。

人生におけるフライングは警告ではない。

朝時間ほど効率的なことはない(時間の概念で)

もちろん周りの環境によるところも多いのだけれど。

(例)電話がない、静かである、時間をコントロールできる 等

 

上記はよくビジネス書にも書いていることなので

よく目にすることもあるが、

なにより自己概念が上がる。

やってやりました!やることやれたじゃん俺!って。

 

如何にしてこのような時間を増やしていくか。

意図して作っていくか。

どうすればこのような時間が使い方ができるのだろうか。

 

日々の試行錯誤の中で見出すことができれば

より良い人生になることは間違いないのだろう。

なぜなら、自分のことを好きでいられることほど幸福なことはないのだから。

 

結論としては、朝は早く起きるに限る。

誰もが動き出す前に。

人生におけるフライングは警告ではない。